2014年12月25日木曜日

「高度専門職」の大学設置基準への位置づけについて(2) -「高度専門職」か「専門職」か-

前回、昨年12月4日付の組合ニュース【公開版】では、11月までの中教審大学分科会大学教育部会における検討状況を踏まえて、なぜ文科省が「高度専門職」の年度内制度化を急ぐのかという点に関する推測を書いてみました。

その後、12月5日にも大学教育部会が開催され、さらに大学教育部会の上部組織である大学分科会においても12月16日に検討が行われています。これらの会議については、議事録はまだ発表されていませんが配布資料は既に公開されています。( http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/015/gijiroku/1353929.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/1354156.htm

まず、12月5日の大学教育部会においては、3人の参考人が招聘されて「高度専門職」に関する見解が発表されました。3人のうち1人が元私学の事務局長経験者で現在は大学教授となっている人で、もう1人は大手有名私学の事務局幹部、残る1人が元教員で現在はURAとなっている人です。職員系2人、教員出身の「高度専門職」が1人という構成になります。

これらのうち、職員系の2人による発表は、職員とは異なる人的集団としての「高度専門職」を想定するのではなく、職員の「経営」に占める役割が拡大していることや職員の能力の高度化・一定の専門性の確保が必要であることから出発して、基本的に職員のためのポスト、ジョブ・ローテーションの一環として「高度専門職」を位置付けるという主張でした。

これに対して、委員の1人からは「職員のうち事務局幹部になる人間のキャリアトラックにおける途中のポジションの一つと捉えているのではないか?どこが『高度』専門職なのか?むしろ『大学運営職』とでも呼ぶべきではないのか?」といった趣旨の指摘があり、2人からは基本的にそれを肯定する回答がありました。

これらの主張には、大学行政管理学会の結成前から続く日本の「大学職員論」の在り様が色濃く反映されているように思います。即ち、①職員は、文科省の指導や経営者・教授会の決定、学内慣行等に基づきその執行のみを(相当機械的に)担う「clerk」から、より高度な業務を主体的に担いうる存在へとならなければならない、②そのためには、職員の能力を底上げすることが必要である、③同時に教員が上位に君臨しているような状態を改善し職員の地位の向上を図らなければならない、という2つの目標(職員の全体的な能力向上と地位向上)を内在させており、かつ、④アメリカの大学職員の中核が(アメリカの他の業界、職種と同様に)ジョブで契約する複数の「専門職」の集団であり、学内のあらゆる事務を転々と経験するゼネラリストである自分達とは全く異なるシステムであるという点についての認識が必ずしも徹底しないまま、アメリカの大学職員をあるべき職員像として参照したための混乱も含むものであったように思います(ただし、私自身は当時シンクタンクに居て、遠くから時折眺めるだけ程度でしかなかったので、色々と間違っているかもしれません)。

そして、今回の「高度専門職」をこの「大学職員論」の延長上に位置付けて考えると、ある意味、きわめて好都合な制度として映る面がありそうです。つまり、上記の②に関しては、通常の日常業務に追われるラインから一時的に外れ、特定分野の、それも調査・分析等を行う業務に専念することである程度の専門性を得ることができそうですし、③においては、「高度専門職」という身分を得ることで教員に見劣りしないステータスを得ることができるかもしれません。

ただ、そのような在り様は、民間企業における「専門役」や「調査役」とほぼ同様のものであり、あえて「高度」を冠する必然性はなく「専門職」でいいのではないかと思います。そして、そうであれば、「教員」、「職員」とは別の第3の職種としてあえて法令改正を行ってまで制度化する根拠も曖昧になってきます。

しかしながら、「高度専門職」を狭義に定義しない限り、この問題に「大学職員論」における「職員の全体的な能力向上」、「職員の地位向上」という課題が流れ込んでくるのは避けられそうもありません。大学自体が非常に多様であり、個別の大学が必要とする構成員の経営に関する能力もまた多様であることから、「高度専門職」を具体的に定義することは多くの困難を伴うのは確かですが、私自身は、上記の②については並行して議論されているSDの問題として取り扱うべきで、③についても「高度専門職」を以て解決を図るのは、やや趣旨が違うのではないかと思います。

そして、12月16日に開催された大学分科会においては、充分な議論の時間は確保されなかったものの、「高度専門職」が職員の一種として位置付けられてしまった場合、専門家として十分に機能しなくなる危険性があるという懸念や、逆に現在の国立大学では教員身分になっている場合が多いが、教員集団にも職員集団にも入れず、教員からは「教員なら教育研究をやれ」と言われてしまうなどの意見が出ました。趣旨には賛成、そして少なくとも勤務形態は職員とは違ってくるはずだ、という点ではほぼ意見の一致をみていたようです。

「高度専門職」をめぐる議論は、このように12月5日の大学教育部会以降、やや混乱した状態に陥っているように見えます。これによって、いくら大学設置基準という省令の改正であっても本当に年度内に制度化が可能なのか、少々疑わしくなってきました。また、おそらくはスケジュールを優先し、本来は学校教育法で定めるべき問題を大学設置基準改正での対応としたのだと思われますが、もし年度内に間に合わないのであれば、強引に設置基準改正で対応するより学校教育法改正で対応すべきではないかというもっともな見解も浮上してくる可能性があります。実際、大学教育部会では、制度化の在り方について事務局から含みがあるように感じられる発言もありました。

残るURAの参考人の方の発表については、また稿を改めて紹介したいと思います。
(菊池 芳明)

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